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HOME 読み物一覧 冊子「青いスピン」 作品募集 リンク お問い合わせ HOME 読み物一覧 ピンクの人魚 第4号 2024年,4月号 2024/04/12 ピンクの人魚 藤ふじ岡おか陽よう子こ 物語  パラソルが作る楕だ円えんの影かげの下で、坂さか井い青あお波ばは動画を眺ながめていた。さっきから繰くり返し再さい生せいしているのは、バレー部の仲間からのメッセージ。一人一言の挨あい拶さつの後、最後は部員全員が声をそろえて「青波、これからもずっとずっと友達だよ!」と励はげましてくれている。「青波、泳がないの? せっかく海に来たのに携けい帯たいばっかりいじってるじゃない。」 隣となりに座すわる母が、非ひ難なんめいた口調で画面をのぞいてくる。小さなレジャーシートに二人並ならんで座っているのだが、母の大きなお尻しりが半分以上を占せん領りょうしていた。「海きれいだよう、透とう明めい感かん半はん端ぱないよう、ねえ青波、どうしてそんなに機き嫌げん悪いの?」 七月一日付けで父が転てん勤きんになり、青波は一学期が終わる三週間前に海があるこの町に引っ越こしてきた。でも海にも、海がある町にも、正直言って興きょう味みはない。「機嫌? 悪くなるに決まってるじゃん。中二の七月に転校って、ひどくない? 夏季大会の前だよ? それに私わたし、三年生が引いん退たいした後はレギュラーになれる予定だったのに......。」 やばい、泣きそうだ。青波はそれ以上の言葉を飲み込こみ、海の一点を見つめた。本当なら今いま頃ごろ、体育館でバレーボールの練習をしていたはずだ。今のチームはみんな仲が良くて、雰ふん囲い気きも最高で、できることならあのままずっといっしょに......。「こんな中ちゅう途と半端な時期に転校させたことは、お母さんも悪いと思ってる。でもお父さんと相談して、今はまだ家族いっしょに暮くらそうって決めたのよ。青波が高校に入ったら、もう転校はさせない。お父さんに単身赴ふ任にんしてもらうから。だから今回だけは......。」「もういいっ。分かったからっ。」 父は保ほ険けん会社に勤つとめる転勤族だ。まだ幼おさなくて住んでいた記き憶おくがない土地も含ふくめると、仙せん台だい、名な古ご屋や、浜はま松まつ、前まえ橋ばし、東京と、青波はこれまでも転々としてきた。小学校は三回転校したし、中学では今回が初めてだけれど、今後もどうなるか分からない。青波だけではない、五歳さい年下の小三の弟、泳えい斗とも被ひ害がい者しゃだ。「新しい学校でバレー部に入れば? あるんでしょ?」「入らない。できあがったチームに今いま更さらなじめないし。」 母には言ってないが、転校先の中学校のバレー部の練習を、ちらりと見学したことはある。体育館は前の学校と同じ油とほこりの匂においがしたが、あたりまえだけどそこにいるのは知らない人ばかりだった。青波が練習を見ていたら、バレー部員の一人が「何か用?」と近づいてきて、思わず無言で逃にげてしまった。「私も入れて。」と無む邪じゃ気きに歩み寄よった小学生の頃とは違ちがう。「でも部活に入れば仲良しの子ができるでしょ。友達作りのためにもバレー部に入ったら?」「だからもういいって。部活はしない。バレーなんかやったって、大人になっても何の役にも立たないし。」「そんなことないよ。頑がん張ばってきた時間はちゃんと力になってる。生きるための強さになって、いつか自分や、自分の大切な人を守ってくれる。」「ないない。そんなわけない。現げんにお母さんにしても、シンクロやってた意味あんの? お母さんなんて、何の取とり柄えもないじゃん。お菓か子しばっか食べてるせいで体重増ぞう加かも半端ないし。はっきり言ってそのはでなラッシュガードも恥はずかしいから。何でピンクとか選ぶかなあ。もっと黒とか紺こんとか地味なのにしとけばいいのに。お母さんがピンクなんて着たらブタだよ、ブタ。おばあちゃんの家にあるピンクのブタの貯ちょ金きん箱ばこそっくり。」 言い過すぎだ、と思ったが止まらない。だって、このいらだちをぶつけられる相手は母しかいないから。「それ言われたらきつい。確たしかにシンクロやってたときから比くらべると、十キロ近く体重増ふえたからなあ。あ、今はシンクロって言わないんだった。アーティスティックスイミングだ。」 へらっと笑いながら水平線に視し線せんを移うつす母を、青波は横目で見ていた。母は九歳から大学四年生までの十三年間、シンクロナイズドスイミングをしていたらしい。現げん役えきの頃は百メートルもの距きょ離りを潜せん水すいしたり、体におもりを付けて立ち泳ぎを続けたりハードな練習をしていたというが、今は見る影もない。普ふ通つうのぽっちゃり太ったおばさんだ。「ほらね。だからさあ、部活なんてやっても意味ないんだって。実じっ際さいに......ちょっと、私の話、聞いてる? ねえ、お母さんってばっ。えっ、どうしたの?」 目を細めて水平線を眺めていた母が、突とつ然ぜん立ち上がった。青波の左側に小さな風が巻まき起こる。「あそこ......人が溺おぼれてる。青波、すぐにライフセーバーの人呼よんできてっ。早くっ。」 母が早口でまくし立て、砂すなを蹴けって海へと走りだした。 まっすぐ、ものすごい速さで海に入っていくその背せ中なかを、青波は全身を硬かたくしながら見つめていた。「お母さんっ!」 やっと声が出たときはもう、母は海の中に消えていた。「......青波、どうした?」 肩かたをぽんとたたかれ、我われに返る。「あ、お父さん......。」「かき氷買ってきたぞ。青波はレモン味でよかっ......。」「お父さんっ! 人が溺れてるんだってっ。ライフセーバーを呼んできてっ。急いで、早くっ。」 父に向かってそう叫さけぶと、レジャーシートの上の浮うき輪を手に取った。さっきの母のように砂を蹴り、海に向かって思いきりダッシュする。まっすぐに。お母さん、お母さん......と胸むねの内で母のことを呼びながら。 波の音も人の声も、もう何も聞こえない。 お母さんを助けなきゃっ――。 青波は頭から浮き輪をかぶり、水しぶきを上げて浅あさ瀬せを走ると、そのまま勢いきおいをつけて海に飛び込んでいった。  浜はま辺べから二十メートルほど離はなれると急に足が着かなくなり、それ以上沖に進むのが怖こわくなった。体を反転して、海底に足が届とどく場所まで戻もどる。すると青波の後を追うかのように黄色いボートが近づいてきた。ボートには高校生くらいの男子が乗っていて、今にも泣きだしそうな顔で必死にオールを動かしている。「すみません、こっちの方に女の人が泳いでこなかったですか?」 波に体を持っていかれそうになりながら、青波はボートをこぐ男子に尋たずねた。「い...... 今、あっちに......。友達が、溺れて沈しずんで......。そしたら女の人が泳いできて、『私が助けるから大だい丈じょう夫ぶよ。』って潜もぐってくれて......。」 色を失った唇くちびるをぶるぶると震ふるわせながら、男子がオレンジ色のブイが浮く方を指差す。潜っていると聞き、青波は十数メートル先に目を向けた。だが目を凝こらしても銀色の海面があるだけで母の姿すがたは見えない。「その女の人、私のお母さんなんです。」 そうつぶやくと、唇を震わせていた男子の目から涙なみだがこぼれ落ちる。その泣き顔は子こ供どものように幼くて、青波は下唇を強くかみ締しめた。 「青波っ。」「青波っ。」と自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、振ふり返ると父と泳斗が手で合図をしているのが見えた。浜辺に戻ってこい、と叫んでいる。二人が呼んできたのかライフセーバーが、細長い浮き輪――ライフガードチューブを片かた手てに持ち、浅瀬を一気に駆かけてくる。「あそこですっ。あのオレンジ色のブイの辺りで、私のお母さんが潜っていますっ。」 砂浜に戻る途中、すぐそばを走って通り過ぎようとしたライフセーバーに向かって、青波は叫んだ。「分かりました。危あぶないから、君は戻って。」 ライフセーバーが水をさくようなクロールで母の元に向かったちょうどそのとき、波に漂ただようオレンジ色のブイが大きく揺ゆれた。「お母さんっ!」 母が水の上に顔を出している。間違いない、あれは私のお母さんだ。青波はその場に立ち尽つくしたまま、母を見ていた。目を凝らせば母が両りょう腕うでで人を抱かかえ、立ち泳ぎをしているのが分かった。「青波っ!」「お姉ちゃん!」 いつのまにか、父と泳斗が青波の近くまで来ていた。二人とも不安げな顔を沖の方に向けている。 ライフセーバーはすでに母の所にたどり着いていた。母に抱だかれていた人影が、ライフセーバーの手に渡わたる。ライフセーバーが、溺れていた人の体にライフガードチューブを巻き付けるのを、母が立ち泳ぎのまま手伝っている。「お母さ―――ん!」 互たがいの顔がはっきりと分かるくらい近づくと、青波は母に向かって大きく手を振った。母は青白い顔で立ち泳ぎをしながら、青波を見て笑ってみせる。すでに連れん絡らくを入れていたのか、海岸にはライフセーバー以外にも警けい察さつや消しょう防ぼうの人たちが集まってきていた。「お母さんっ、大丈夫?」 母が浅瀬にたどり着くと、青波は膝ひざで水を蹴って駆け寄っていった。後ろから泳斗と父もついてくる。「平気よ。でも風が......風が強くて流されるかと思った。青波、ライフセーバーを呼んでくれてありがとう。」 肩で息をしながら、母が手を伸のばし青波の髪かみをなでてくれる。水中にいたからか、手が氷のように冷たい。「助かるといいんだけど......。」 救きゅう助じょされた男子が、担たん架かに乗せられ運ばれていく。母は「気道を確かく保ほしながら運んできた。」と言うが、男子の顔は紙のように真っ白だった。「お母さん、もうこんな危ないことしないでよっ。」 本当はもっと別のことを言いたいのに、声がとがる。心配でたまらなかったから、その分声が荒あら々あらしくなる。「ごめんね、もうむちゃはしない。」 本当は、よく頑張ったね、と言いたかった。自分より背の高い男子を抱えて海面に現あらわれた母は、まるで人魚のようだったから......。 優やさしくてタフな人魚。 力強く泳ぎ続けるピンクの人魚は、涙が出るほどかっこよかった。 「海水浴場で溺れていた高校一年生の男子生徒(16)を素す潜もぐりで引き揚あげて救出したとして、遠とお見み市し沢さわ区くの主しゅ婦ふ、坂井渚なぎささん(38)に遠見海上保安部が、感かん謝しゃ状じょうを贈おくった。坂井さんはシンクロナイズドスイミングの経けい験けんがあり、大学時代にはライフセーバーの資し格かくを取しゅ得とくしていたといい――」 母のこの救助劇げきは、数日後の新聞の地ち方ほう版ばんに大きく取り上げられた。新聞の記事によると、男子高校生は海岸から四十メートル離れた、水深二メートルの海底に沈んでいたという。救助された後ドクターヘリで病院に運ばれ、その後意い識しきを回かい復ふくしたらしい。「お母さん、新聞に載のるなんてすごいね!」 泳斗が母の写真が載った新聞記事をはさみで切り取っている。父は同じ新聞をあと十部ほど買って帰るからと言い残し、仕事に出かけていった。「恥ずかしいなあ。感謝状はいただいたけど、本当はものすごく怒おこられたのよ。」 二次被害につながりかねない行こう為いですよ、と確かに母は厳きびしく注意を受けていた。それでも救助した男子の両親からは「あなたがいてくれてよかった。」と涙を流してお礼を告つげられた。誰だれもができることではない。男子を救助したライフセーバーにも、母はそう褒ほめられていた。 誰もができることではない――。 青波もそう思う。十三年間シンクロナイズドスイミングを続けてきた母だから、できたことだ。「お母さん、これ書いて。」 通学用のリュックに入れたままになっていた「入部届とどけ」と印刷されたプリントを、母に手渡す。入部先の「バレー部」と「坂井青波」という氏名はすでに書いておいた。あとは保ほ護ご者しゃ名を記入するだけだ。「夏休み中も練習あるみたいだから、今日早さっ速そく行ってみる。十時開始だし、そろそろ出かけなきゃ。」 バレーボールを続けることに、何の意味があるかは分からない。でも今やりたいのなら、頑張るほうが断だん然ぜんかっこいい。 そしていつか大人になったら、私は言うのだ。 頑張ってきた時間はちゃんと力になってる。 生きるための強さになって、いつか自分や、自分の大切な人を守ってくれる。 藤ふじ岡おか陽よう子こ 作家。京都府在ざい住じゅう。著ちょ書しょに「跳とべ、暁あかつき」、「金の角つの持つ子どもたち」、「リラの花咲さくけものみち」などがある。 読み物一覧へ戻る 関連作品 2023/04/03 コラルド・フェルナンデスと二人の娘 寺てら地ちはるな 物語 2023/04/03 イチゴ 朝あさ比ひ奈なあすか 物語 2023/10/02 君を知っている 佐さ藤とうまどか 物語 2023/10/02 新しい今 椰や月づき美み智ち子こ 物語 カテゴリー 物語 (14) エッセー (14) 科学エッセー (4) 随筆 (5) イラストエッセー (5) ノンフィクション (4) コラム (9) お知らせ (3) 入選 (3)佳作 (2) 掲けい載さい号 第4号 2024年,4月号 第3号 2023年,9月号 第2号 2023年,4月号 創刊号 2022,9月号 創刊準備号 2022,4月号 人気の作品ランキング HOME 読み物一覧 冊子「青いスピン」 作品募集 リンク お問い合わせ プライバシーポリシー 本サイトに掲載している文章・イラスト・記事画像の無断転載を禁じます。 Copyright © 2022 by TOKYO SHOSEKI CO., LTD. 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