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HOME 読み物一覧 冊子「青いスピン」 作品募集 リンク お問い合わせ HOME 読み物一覧 犬の骨の記憶 第4号 2024年,4月号 2024/04/12 犬の骨ほねの記き憶おく 川かわ上かみ和かず人と エッセー ノンフィクション 科学エッセー 　あれは小学三年生の頃ころだったと思う。学校行事で遠足に出かけた。行ゆく先は墓ぼ地ち公園である。　墓地公園は小高い丘おかの斜しゃ面めんに広がる市し営えいの墓地だ。今から考えると墓地が目もく的てき地ちというのも珍めずらしい気もするが、当時は特に疑ぎ問もんはなかった。この墓地の下からは弥や生よい時代のお墓はかが見つかっている。つまり、二千年以上にわたり墓地であり続けている由ゆい緒しょ正しい墓地なのである。　私わたしたちは墓地でお昼ご飯を食べ、墓地で自由時間を遊んでいた。そのとき友達が、全身の骨が残のこるきれいな犬の白はっ骨こつ死体を見つけた。最近は野犬を見かける機会も減へったが、当時は住じゅう宅たく地ちでも野犬がうろついていた。ときには小学校の廊ろう下かをてくてく歩いていた時代だ。墓地公園の片かた隅すみに犬の死体があっても不思議ではない。　これはすごいものを見つけてしまった。　そう思った私たちはめいめいに骨を手に取りリュックにしまった。そのときその骨は宝たから物ものにしか見えなかった。手に入れたのは七、八人ぐらいだったと思う。私は何だか誇ほこらしげな気持ちになった。　先生にばれるときっと怒おこられる。皆みながそう考え、骨を拾ったことは誰だれも口にしなかった。しなかったつもりだが、すぐにばれた。「犬の骨を持っている人、すぐに出しなさい。」　怖こわい顔の担たん任にんにそう言われ、みんなしぶしぶ骨を元の場所に返した。しかし、私は出さなかった。別に抵てい抗こうしたかったわけではない。何となくタイミングを逃のがしたのだ。　みんなが素す直なおに返すとそれ以上の追つい及きゅうはなかった。しかし、家に帰り着くと急に恐きょう怖ふと嫌けん悪おに襲おそわれた。先ほどまで宝物だった骨が、死体の一部なのだという実感がわいてきたのだ。私は骨を庭の端はしに埋うめ、そこは私にとって近づいてはいけない場所になった。　大人になった私は鳥類学者となり、研究のために骨の標ひょう本ほんを集めるようになった。ときには化石を発はっ掘くつし、ときにはネコのふんの中身を調べる。そこから見つかる鳥の骨と見比くらべるためだ。　鳥の死体を拾い、解かい体たいし、洗あらい、きれいな標本にする。かつての嫌悪感はもうない。野生の世界では死もまた自然の一部だと理解できたからだ。毎年たくさん動物が生まれ、同じ数だけ死んでいく。死体はカラスやネズミやアリに食べられて分解される。骨は土の中で溶とけていく。死体は生せい態たい系けいの中に取り込こまれ、生きている動物や植物の栄養になる。　小学生の頃に抱いた嫌悪感は今も忘わすれていない。それはそれで正せい常じょうな感覚だったと思う。しかし、当時の恐怖は今では敬けい意いに変わっている。たくさんの骨を見比べることで、骨というものが何千万年もの時間をかけて進化した無む駄だのない美しい形を持っていることを強く感じるようになったのだ。　あの骨を拾ったときに誇らしく思ったのは、もしかしたらその美しさに魅み力りょくを感じていたからかもしれない。これがその後の私の研究に連なる最も古い記憶である。 川かわ上かみ和かず人と 鳥類学者。著ちょ書しょに「鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。」ほか、監かん修しゅう書に「講こう談だん社しゃの動く図ず鑑かんMOVEムーブ　鳥」などがある。 読み物一覧へ戻る 関連作品 2023/04/03 本当は人間の脳も知っていること 稲いな垣がき栄ひで洋ひろ エッセー ノンフィクション 2023/05/31 算数・数学のよいところ 松野陽一郎 エッセー ノンフィクション 2023/10/02 真実を見つける楽しみ 遠えん藤どう秀ひで紀き エッセー ノンフィクション カテゴリー 物語 (14) エッセー (14) 科学エッセー (4) 随筆 (5) イラストエッセー (5) ノンフィクション (4) コラム (9) お知らせ (3) 入選 (3)佳作 (2) 掲けい載さい号 第4号 2024年,4月号 第3号 2023年,9月号 第2号 2023年,4月号 創刊号 2022,9月号 創刊準備号 2022,4月号 人気の作品ランキング HOME 読み物一覧 冊子「青いスピン」 作品募集 リンク お問い合わせ プライバシーポリシー 本サイトに掲載している文章・イラスト・記事画像の無断転載を禁じます。 Copyright © 2022 by TOKYO SHOSEKI CO., LTD. All rights reserved.